平気で死ぬか、平気で生きるか

三連休だそうです。

月曜日が敬老の日。

九月十五日から変わって何年たつのでしょうか。

六十五歳の私も敬ってもらえる?

若いころは六十五歳は老人としか思えませんでした。

祖父母、両親とも一番長生きで六十五歳。

祖母は五十前だったので、さすがに早すぎると思いましたが、他は十分生きていたと思っていました。

そして今私がそんな歳。

五十過ぎたあたりから、いつ死んでもいいとは思っていました。

よく生きて後十数年と覚悟して。

でも、あっちを切りこっちを切り。寝たきりでもないのにお漏らしし。

今まで生きてしまいました。

いつ死んでもいいという思い、そして悟った人のように平気で死のう。

それが正岡子規の言葉を見て考えが変わりました。

余は今迄禅宗の所謂悟りといふ事を誤解していた。
悟りといふ事は如何(いか)なる場合にも平気で死ぬる事かと思って居たのは間違ひで、悟りといふ事は如何なる場合にも平気で生きて居る事であった。



平気で死ぬのは何とかできそうだけど、平気で生きて居るのは私には到底できないと。

PS

祖父母と書いてますが実際は母の兄夫婦。

十五歳違いの子供のいない兄夫婦の養子として父母が籍に入りました。

養祖父母と書いた方が正しいのですが、心情的には祖父母としか思えないので。






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